高額な土地売買契約を小切手で決済。大手住宅メーカーの積水ハウスが地面師と呼ばれる集団におよそ55億円をだまし取られた事件だ。米国の取引で用いられるタイトル保険とエスクローのシステムが用いられていれば事件は起こり得なかったであろう。日本の前近代的とも言える不動産取引慣行が浮き彫りになった。
63歳の女性が土地所有者になりすましたこの事件、演技指導を受けたとされる女性は偽造印鑑登録証明書を保有していた。土地所有者の関係者が不動産業者に土地売却を相談した際に渡した原本が流出したという。また、女性はこれをもとにパスポートも偽装していた。買主はこの女性から土地を買い取る契約を締結して支払いを済ませた後、土地の所有権移転登記をしようとしたところ、女性の提出書類が偽造と判明した。
タイトルレポートが権利明確に
不動産取引が進んでいるとされる米国には登記簿がない。代わりにタイトルレポートなるものが権利関係を明確にする。タイトルレポートはタイトル会社と呼ばれる専門業者が不動産の権利関係についてまとめるレポートで、物件の所有者、権利の形態(所有権・借地権)、担保提供の有無、固定資産税評価額、固定資産納税額、固定資産税等が記載される。
加えて、買主は通常、タイトルレポートに付されるタイトル保険に加入する。この保険は購入後にレポートに記載されていなかった事態が生じた際に損害を保証するもの。
そしてもう1つ、詐欺被害を防ぐ砦がエスクロー。タイトル会社とエスクロー会社が協働し、信頼性の高い不動産取引を実現する。地域にもよるが、タイトルとエスクローは同じ会社が扱う場合も多い。
エスクロー会社はタイトルレポートの内容を精査し、売主が物件所有者であること、物件にいかなる抵当権が設定されているか等をチェックする。エスクロー担当者には、物件権利の書類が本物かどうか政府機関とやりとりして調査を実施する強力な権限が付与されており、これにより不正がまかりとおることはまず不可能とみられている。
エスクローが決済の安全性確保
エスクローのさらなる仕事が第三者預託。「エスクロー」は元来、こちらを意味する。モノの受け渡しと代金の支払いを直接行うのではなく、第三者を介して行う仕組みだ。買主は手付金支払いをはじめ、必要書類のやりとりや残金支払いなど、不動産売買に関わる事務処理のすべてをエスクローに託す。資金はエスクロー会社の口座に振り込まれ、売主と買主が直接、金銭の授受を行うことはない。
ちなみに昨今、振込詐欺を防ぐべく、買主が自身の銀行口座からエスクロー口座にまとまった資金を移動させる際には、銀行担当者と電話で直接会話して理由を説明することを銀行に求められる。
物件の権利が全て正当であることが確認された後、エスクロー担当者は買主から預かったお金を、手数料等を差し引いて売主に渡す。事前に公証人に自身のサインを認証してもらっていれば、決済の場に立ち会う必要はない。
翻って日本では決済当日に、売主と買主、それぞれの仲介業者が一堂に会するのが慣わし。この場で買主が売主に現金、小切手を渡したり、売主の口座への振り込みを銀行に依頼する。今回の取引では小切手が用いられ、残念な事件につながった。
日本でもネットオークションですでにエスクローが用いられている。より大きな金額をやり取りする不動産取引に導入しても良い時期ではないか。